名将・仰木彬監督と言えば、近鉄時代の1988年10月19日リーグ最終戦でロッテとのダブルヘッダーを2連勝すれば西武を抜いて優勝できると言う状況下、俗に「10.19」というプロ野球ファンならずとも語り継がれる名勝負の中の主役であった。最後の試合無念の引き分けで優勝を逃すものの、翌年きっちり混戦となったパリーグを制し優勝するところが名将と言われる所以であろう。
そして、オリックス時代は1995年未曾有の災厄、阪神淡路大震災に見舞われた神戸の復興を願い、がんばろうKOBEというキャッチフレーズを掲げ、同年見事日本一を果たす。またこのとき、2年目の鈴木一郎の才能をいち早く見抜き、登録名をイチローとしてブレイクさせた。その後のイチローの活躍は、皆が知っている通りだ。
いつしか、我々は彼の魔法を「仰木マジック」と賞賛した。
彼が愛される理由は「名将だから」だけではない。オリックス時代自分が守れないと言う理由で「門限」を無くしたというのは有名な話だ。酒と女の話は枚挙に暇が無いと言われる。その豪胆さは、俺たち古い時代の遺児たちが思い描く「格好良い大人」の理想像でもある。
「プロ野球改革元年」と位置付けられた今年、彼は神の元に旅立った。彼が残した最後の魔法は、「オリックス・バファローズ」として今も息衝いている。魔術師が残した子供たちが、来年見せてくれる新しい魔法を期待して止まない。

10.19のダブルヘッダーを知らない人のために↓を見てくださいね。
パ・リーグのいちばん長い日






コメントありがとうございました。
まだまだ野球界にいて欲しかった。
現場にこだわるプロでした。
本当に残念です。