2006年08月25日

殺すということ。

昨日のエントリーで、「生きることに意味は無い。死ぬことに価値は無い」という私の考えを書いた。

BlogAnoia: 生きることと死ぬこと。

では、「人を殺すこと」は許されるのだろうか?
意味も価値も無いものを奪っても、それは罪ではないのではないか?

やはり、それは違うと思う。

あまり難しい話ではない。いくら無価値であろうとも、いくら無意味であろうとも、「他人のモノを勝手に奪ってはいけない」のだ。こんなに当たり前のシンプルなことを理解できない人間があまりにも多すぎる。

本当に馬鹿じゃないかと思う。
いや、きっと馬鹿なんだろう。

馬鹿は生きる価値が無いどころか、「生きていては害になる」。ならば殺さなければいかんだろ。害虫を殺すように。

では、人ではない命はどうか?動物などはどうか?
ちょうどこんな話がある。

「子猫殺し」で日経に抗議殺到
「子猫殺し」直木賞作家 背景に「日本嫌い」

子猫だろうが何だろうが、上の理屈が当てはまる。

他人のモノを勝手に奪ってはいけない

子猫の命は子猫のもの。たとえ飼い主だろうが何だろうが、他人のものを勝手に奪うなど、お前は何様だ?ただの無価値に生きている無意味な人間だろ?子猫の命を奪って良いほど、こいつは高尚な存在であるはずも無い。こいつもただの命ではないか。


では、家畜はどうか?死刑は?一言で「殺すということ」と言っても様々な方向がある。それはまた次の機会に自分の考えを垂れ流すとして、今回は自分以外の命についての大基本、

他人のモノを勝手に奪ってはいけない

これを、BlogAnoia的発想としておこう。

blog060825.jpg
posted by しょうちゃ at 21:33| Comment(0) | TrackBack(0) | BlogAnoia的発想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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