サポティスタを見ていたら、なんと野球の話題が…。で、ちょっと思うところがあったので、記事を書いてみた。
まずは以下のBlog記事を見てもらいたい。
404 Blog Not Found:君たちは野球の何を見ているんだい?「ネットの辺境でひっそりと」が私のモットーだが、珍しくトラックバックも送ろうかなと思っている。ヘタレの私には珍しい。もし荒らしとか来たら嫌だけど…。(^^;
「君たちは野球の何を見ているんだい?」と問われれば、「野球の全て」と答える。
ピッチャーの配給からバッターの狙い球、そのときの守備位置、塁間にランナーが挟まれたときのランダウンプレーの選手の順番、などなどありとあらゆるものを見ている。もちろん漠然とビール片手にTVを見ていたりもする。球場ではグラウンドを見るより応援するのに力が入ってしまって試合そのものを見ていなくても、野球を堪能している場合もある。
ナゴヤドームの冷めた弁当の味も、しおしおのホットドックもぱさぱさの焼きそばも、阪神ファンのおじさんと一触即発になったりして、野球を楽しんでいる。
草野球だって、翌日筋肉痛になるだろうって解っていても内野安打を狙って走るし、クロスプレーでは絶対膝を擦りむくだろうけど、お構い無しに滑り込む。
「じゃあ、勝敗は二の次なんだね」と言う人は、野球の目的を理解していない。野球は2つのチームが勝敗を争うゲームではないか。そもそも勝敗を付けることが目的なのに、その目的が二の次にされては意味が無い。
全ては勝利のためにあるのだ。
我々プロスポーツが好きな人は極論的に「プロは勝つことが大事。負ければ何も残りません」などと言う。私も良く似たような言葉を使う。それは我々ファンが選手やチームと同じ目線で語ってしまうからである。
野球を愛するがあまり、ファンの立場ではなく、思わず主観的に語ってしまうのある。だから誤解をされるのであろう。もちろんファンにとって結果は最重要なのだが同じくらい過程も楽しいのだが。まぁ、ここら辺の心理は野球に興味の無い人には解らないだろうけど。
しかし、当然プロスポーツ界では結果が良いのと悪いのでは雲泥の差がある。金銭的にも評価の上でもである。それを「結果が全て」であると表現することはあながち間違いではない。
例えば日本シリーズの緒戦。たった一発のホームランに沈んだ川上の評価より投げ勝ったダルビッシュの方が上であることは言うまでもない。客観的にはコントロールといいカットボールのキレといい、互角かそれ以上のデキだったのにも関わらず、だ。
例えば日本シリーズ第5戦。山井の影に隠れてはいるが、調子の悪いダルビッシュの投球内容の素晴らしさは本当に語られない。あの日の山井のスライダーのキレだけで、あとは日ハム打線の貧打にも助けられて抑えてきた投球とは違う投球術を見せてくれたにも関わらず、だ
我々コアなファンがうがった見方をしない限り、全然世間に注目もされない内容(過程と置き換えても良い)ではないか。正当に評価されるのは「結果を残した時のみ」。火を見るより明らかだ。
真に過程が大事だと思うのなら、緒戦の川上、第五戦のダルビッシュは何故もっと評価されないのだろうか。しかしプロスポーツだから当たり前なのだ。これがプロ野球なのだから。
以上が、「君たちは野球の何を見ているんだい?」の答えなのだが、答えになっていただろうか?正直「負ければ何も残りません」という言葉の真意は、本当に好きでのめり込んで応援しているチームがあって、そのチームが、善戦空しく負けたときのあの「喪失感」や「絶望感」を知っている人以外は解らないかもしれないな、と思いながら、書いている。
さらに好きなチームについて悪く言われたときの怒りも解らないだろうとも思う。もし私の目の前にやくみつるがいて、同じようなことを言いやがった日にゃ…、まぁ、それは良いやw
あと上記の「喪失感」や「絶望感」を味わいたいのなら、プロサッカークラブなのだが良いクラブを知っているw。歓迎するよ!
posted by しょうちゃ at 15:57|
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